1月5日の参拝でしたが、かなりの人出で、昭和43年に御影石で竣工された大鳥居は東日本大震災で倒壊し、平成26年6月に木製で再建されたとのことです。
大鳥居の先の楼門は修繕のためか工事中でその姿を観ることはできませんでした。工事中の楼門から境内に入ると、かなり古いと思われる大木が多く、歴史と日本人のルーツを感じることが出来ました。
楼門の先右手に控え目な拝殿があり、少し並びましたが参拝することが出来ました。拝殿の参道を挟んだ反対側に樹齢1300年とされる御神木があり、鹿島神宮の森で最古、最大の杉の木です。
拝殿の正面、楼門の左手に祈襦殿があり、ここで御朱印をいただきました。御朱印は2種類あるようで、元日から2月3日までは紙朱印のみで、どちらも500円でした。
楼門から、正面に歩くと、奥参道があり、奥宮、御手洗池、要石などがあるようですが、時間の関係でまたの機会といたしました。
奥宮は慶長10年(1605年)に徳川家康が関ケ原戦勝のお礼に現在の本殿の位置に本宮として奉納したものを、その14年後に新たな社殿を建てるために現在の場所に遷したものです。
要石は地震を起こす鯰の頭を抑えていると古くから伝えられているもので、水戸の徳川光圀公が7日7晩にわたって掘らせたもののいつまでたっても辿り着くことが出来なかったと黄門仁徳録に記されているそうです。
香取神宮にも要石があり、香取神宮の要石は凸型で、香取神宮には凹型の要石があり、香取の要石は大鯰の尾、鹿島の要石は頭を抑えているとされています。
香取神宮にも参拝したことがありますが、古来日本の神社は控え目で、当時の日本人が森や樹木に宿る神を信仰していたであろうことを感じることが出来ました。
昔の霞ケ浦は現在より遥かに大きく、水郷エリアでもあり、東北地方へ繋がる大和朝廷の要所であったようで、この地に神宮が2か所もあるのもその象徴といえそうです。

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